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英語克服の秘訣_其の九 「英語苦手意識は幻想」 英語圏に留学しても、なぜか英語苦手意識を克服できない人が多いように思われますが、英語苦手意識は幻想だと思います。 ワーキングホリデーにしろ語学留学にしろ、英語圏に来る人たちは徹底的に英語を学べる環境に身を置くためにやってくるのだと思います。 しかし、想像以上に語学習得においては成果を上げられない人、失敗している人が多いのです。 英語圏まで行って、英語環境に身を置いたにも関わらず、英語が話せるようにならない。だから、どうしても英語苦手意識が先行してしまうのです。 でも、もしあなたが英語苦手意識を持っているのなら、それは幻想で、あなたは英語が苦手なのではなく、留学の方法論が間違っているのだと思います。 おそらく海外留学する前に多くの人は留学エージェントに足を運んで色々とお話を聞くと思います。 そこで、「半年も留学すれば嫌でも英語ペラペラになるよ」みたいなことを言われてその言葉を信じ込んでいませんか? 実際に半年経っても英語がペラペラにならない。だから、自分はやっぱり英語が苦手だという負のスパイラルにはまるのです。 誰も言わないから、私がこの際はっきり言います。 英語初心者が海外留学しても半年で英語はペラペラにはなりません! 留学エージェントに騙されるなぁ〜 半年で英語がペラペラになる人は海外に出る前にすでに十分な英語力を備えた人だけです。つまり、日本で英語が中級の上レベルの人が海外留学すれば、おそらく半年くらいで英語がペラペラになることもあるでしょう。 しかし、実際に海外留学する人たちの多くは英語ができない人たちなのです。そんな英語初心者が半年ばかりで英語がペラペラになる訳がないでしょう。 もし、留学エージェントが言うことが本当なら、今頃、日本は英語達者が五万と溢れかえっていて、英語、英語なんて騒いでいませんよ。 では、どうして半年たってもまともに話せないのか? そもそも「話す」というアウトプット技術は一番難しいのです。 英語初心者が一番難しい「発音」やら「話す」ことを最初からやるから難しく感じ、苦手意識がより強くなってしまうのです。 英会話なんて所詮お稽古ごとのレベルなんです。 学問でも何でもありません。 みなさんも何かお稽古を習った経験があると思いますが、いきなり一番難しいことからやりますか? 例えば、ピアノを習い始めた人が、いきなり、ベートーベンの曲にチャレンジしますか? しませんよね。最初は簡単な「猫踏んじゃった」からですよね(笑) もっと言えば、まずはドレミですよね。それと音符が読めなければダメですよね。これらは最低限覚えなければならないルールなのです。 そのルールを身につけ、簡単なことから始めるのです。 英語もこれと同じです。 英語のルールとは英文法です。 英文法について理解が不十分なまま留学すれば、英語で現在完了形、不定詞、現在分詞/過去分詞、仮定法などの文法事項について説明されても理解出来ないでしょう。 だって、そもそも日本語でも分かっていないことを英語で説明されても分かるはずありませんよ。 英語の最低限のルール、英文法は本来留学前に済ませ、ある程度の英語インプット量をこなしておけば、留学後に「話す」という難しいレベルにいきなり突入できるわけです。 でも、たいていの人たちはその最初に踏まなければいけないステップをスキップして留学するから、英語が話せない、だからやっぱり英語は苦手だぁ となってしまうのです。 したがって、あなたは英語が苦手なのではなく、留学の方法論が間違っているだけなのです。 でも、もう留学しちゃったよ と言う人もいるかと思いますが、大丈夫です。留学しても、まずはきちんと英文法とある程度の単語力を身に付ける努力を平行してやるのです。 言語習得は留学エージェントがいうように半年で嫌でもペラペラになるような簡単なものではありません。 楽をして英語を習得しようなんて、もってのほかです。 英語習得とは、一生懸命、必死に頑張った人だけが到達できる領域なのです。 しかし、一生懸命正しい方法論で行えば、誰でも到達できる領域でもあるのです。 英語に対して苦手意識を持つ必要はありません。 一生懸命、初心を忘れずに頑張ればいいのです。 Facebookには留学生活を楽しんでいると思える写真をアップロードしているけれど、実際は英語が理解できなくて悔しい思いをし続けた日々にならないように、まずはきちんとした順序を踏んで留学に取り組みましょう。

Published on 2014-11-12 08:08:30 GMT

「そこが変だよ学校英語」 其の四 今回は最近スカイプレッスンで出た質問から。。。 受講生:学校で some は「肯定文」で、any は「疑問文・否定文」で使うと教わったんですが、Are you looking for something? という文章をみたのですが、この something は anything の間違いでしょうか? 私:いえ、something のが自然です。 受講生:??? 確かに、学校英語では some は「肯定文」で、any は「疑問文・否定文」で使うと習った人がほとんどではないでしょうか? 私も学生時代そう習いました(汗) しかし、これは典型的な受験英語の「英文法」です。 学校英語は受験用の英文法で、話すために必要な本質的な英文法ではないのです。 もう、受験は終わり、社会に出て英語が必要、海外留学で英語が必要、そんな人たちは受験英語の英文法ではなく、話すための英文法を身につけていきましょう。 さて、今回の some と any ですが、学校英語のように some は「肯定文」で、any は「疑問文・否定文」と決めつけるのではなく、両者は「肯定文、否定文、疑問文」すべての形式で使うことができると覚えましょう。 では、どうして、学校英語や多くの参考書で some は「肯定文」で、any は「疑問文・否定文」を用いると説明するのでしょうか? そのカラクリは some/any の持つ意味に起因します。 数量を表す some/any の本質を簡単に述べると、some は「( 具体的な数量はわからないが) その名詞が存在することを前提 」としているときに用いられ、 any は「その名詞が存在するのかしないのかを尋ねる」ときと「その名詞が存在しないことを伝える」ときに用いられるのです。 この両者の相違から、肯定文では some 、疑問文・否定文は any が使われる現象が多く見られるのです。 肯定文は some、疑問文・否定文は any という学校で習ったルールは絶対ルールではありません。 「その名詞が存在することを前提」としていれば some を使った「疑問文」も「否定文」も可能です。 さらに any の本質である「その名詞が存在するのか、しないのか、を尋ねる」内容文であれば、any の「肯定文」も可能なのです。 次の例文を見てください。 some の例 1) There is some milk in the fridge. [肯定文] 2) I haven"t told you something. [否定文] 3) Are you looking for something? [疑問文] 1)は「ミルクが存在している」ことを前提としている。ミルクが冷蔵庫にあることを知らずに、このセリフを言う人はいませんよね。 2)は「あることが存在している」という前提で言うセリフだから「あなたに言ってないことがあるの」という意味です。こんなこと言われたら世の男性はドッキとしますよね。 3)は「何かが存在している」という前提で言うセリフです。例えば、目の前の人が探し物をしているとしたら、その動作から何か探しているものが存在するとあなたは判断できますよね。このように疑問文でも、その名詞が存在することを前提としている場合はふつうに some が用いられるのです。 any の例 4) Is there any milk in the fridge? [疑問文] 5) I haven't told you anything. [否定文] 6) Any computers with defective keyboards should be returned. [肯定文] 4)は「ミルクが存在するのかしないのか」を尋ねっている。 5)は「存在が少しもない」ことを伝えるセリフだから「あなたには何も言っていないのよ」という意味。 6)は If there are any computers with defective keyboards, they should be returned.「キーボードに欠陥のあるコンピュータがあれば、それらは返品される」という意味です。これは、欠陥コンピュータが存在するかどうか、存在するなら、それらは返品対象であるという意味で any の本質である「その名詞が存在するのか、しないのか、を尋ねる」内容文なのです。 もうおわかりだと思いますが、some/any どちらも肯定文、疑問文、否定文で使うことができるのです。 学校英語で習う「some=肯定文」「any= 疑問文・否定文」という発想はやめ て、両者の違いを some と any の持つ本質的な意味の違いで理解しましょうね 。 英語脳を作りましょう!

Published on 2014-10-31 05:26:29 GMT

英語克服の秘訣_其の12 突然ですが、みなさんはリスニングに苦労してませんか? なかなか英語が聞き取れなくて悩んだりしてませんか? では、どうして「英語の聞き取り」ができないのか? その原因は2つあります。 まず「英語を聞くという行為に慣れていない」というのが1つ目の理由です。 確かに日本にいれば英語を聞くことはそんなに頻繁にあるものではありませんよね。じゃぁ、海外留学したり、ワーホリで海外滞在すれば英語を聞くという行為の頻度がぐ〜んと上がりますよね。ならば、海外にいる日本人は英語を聞き取れているのでしょうか? これも疑問が残ります。 おそらく、ある程度海外にいれば、レストランでの会話だとか、お店での会話なら聞き取ることができるようになるでしょう。しかし、映画をみたりローカルニュースをみたり、またまた、経済の話や、選挙についての会話などになるとどうでしょうか? 「聞き取れない」ことのほうが多いのではないでしょうか? リスニングというのは音的理解と意味的理解から成り立っています。しかし、リスニングが音的理解だけだと思っている人が多いのです。だからいつまでたっても「聞き流すだけで英語が話せるようになる」といった高価な教材のカモになってしまうのです。 音さえ聞き取れれば英語が聞き取れるというのは大きな間違いです!音がわかっても、単語やフレーズの意味がわからなければリスニング力は付かないのです。 例えば、How are you? なら音も意味も理解できますよね。だから How are you? と聞かれても問題なく答えることができるのです。しかし、 Are you with me? と聞かれたらどうでしょうか? こんな簡単なフレーズなら音はわかりますよね。単語一つひとつみても知らない単語はありませんよね。でもフレーズの意味を知らなければ何を聞かれているのかわからないという現象が起こるのです。ちなみに「私の言っていることがわかりますか?」という意味です。この意味がわかってはじめてこのフレーズが聞き取れるのです。 もうおわかりですね。リスニングができない2つ目の理由は「必要な意味を理解していない」ことなのです。 リスニングはリスニングをしないと伸びないというのは大きな間違いで、実は、リスニングを伸ばすためには音に慣れることと同時に単語やフレーズの意味的理解をしっかりと伸ばさなければダメなのです。 リスニングを伸ばすには英語を「読む」という訓練が必要なのです。簡単な英語でもいいから読んで単語やフレーズの意味をどんどんインプットしていかなければ、リスニングはいつまで経ってもブレークスルーできないのです。 そして、リスニングを克服するうえで、日本人が知っておくことがもう一つあります。 それは意識改革です。つまり頭の中の意識をかえることが必要なのです。 どういうことか? それは、聞き取れないときは「聞き返す」ということです。 これが、最もすべきことで多くの日本人がしないことなのです。前回の其の11で言及しましたが、日本人のコミュニケーションの基本は「聞き手責任」なのです。聞き手がすべてを推察すべきとされ、「言わずとも分かる」が 前提にあるので、「聞き返すこと」は、聞き手の能力不足を示すことにもなるので、質問しないのです。 しかし「わからないことをわからない」と言える気合いが日本人には必要なのです。わからないことは恥ずかしいことではありません。変なプライドやコンプレックスでわからないことを知ったかぶりすれば、もっと恥ずかしい結果が待ち受けていますよ。 リスニングに必要なことは、英語の音に慣れることと同時に、単語やフレーズの意味を読む事で覚えるのです。そして、わからないことをわからないと「聞き返す」度胸を付けることなのです。 つまり、英語を読まない人、知ったかぶりする人は、いつまでたってもリスニングはブレークスルーしないのです。

Published on 2015-06-03 02:50:32 GMT

「そこが変だよ学校英語」 其の五 久しぶりのそこが変だよ学校英語です。 今回もレッスンで出た質問から。。。 受講生:現在完了形と過去形の日本語訳はどうして同じような訳になるの? 私:えっ???全然違う訳になりますよ。 受講生:I have lost my house key. と I lost my house key. はどちらも「私は家のカギをなくした」という日本語訳になりませんか? 私:えっ???なりませんよ。。。 こんな感じの会話でしたが、確かに学校英語では I have lost my house key. を「私は家のカギをなくしてしまった」と まるで過去のような訳し方を教えますよね。 今、これを読んでいるあなたもきっとこんな風に訳していませんか? まず時制を学習する前に知っておく重要なことは、ずばり、   「日本語には時制がない!」ということです。 したがって、英語の時制を日本語に訳すこと自体、本来は無理なのです。 しかし、そうは言っても、やはり訳中心の日本の英語教育、学習者はある程度和訳をする必要があるのも事実です。 そこで、今回は現在完了形がよくわかる正しい和訳を紹介しますね。 学校英語で教わる「私は家のカギをなくしてしまった」という訳はそもそも不自然なんです。 なぜかというと現在完了形は字の如く「現在」に属すから。 現在に属す時制をまるで過去のように訳すのは不自然だと思いませんか? 現在完了形とは話し手の意識はあくまでも時間軸上の「現在」にあるのです。 ただ話題にしている動作(状態)が終了しているので「完了」という言葉がつくのです。 なんだかわかるような、わからないような。。。 では、例文で簡単に説明しましょう。 I have lost my house key. この文は話題にしている動作 lost は完了しているのです。つまり「なくした」という動作は過去のどこかで終了しているのです。しかし、話し手の意識は have にあるのです。 have という単語はよくご存知ですよね。 これは「持っている」という意味の単語です。もちろん辞書や参考書などでは現在完了形を作るための助動詞 have と紹介されますが、そんなに難しく考えず、have の元々の意味で考えてもいいと思いませんか? I have lost my house key.  この文をコテコテの英語訳にしてみましょう。 I(私は) have (持っている) lost (なくした状態を) my house key (カギを) ↓ 私は今カギをなくした状態を持っている こんな風に訳せませんか? では「今カギをなくした状態を持っている」とはどういう意味でしょう? そうです、「カギが今ありません」という意味なのです。 PEU(Swan) という文法書では、現在完了はほとんど一種の現在時制に等しく、現在完了の文を作る場合同じ状況に対してふつう現在時制の文を作ることができると説明しています。 つまり、現在完了形は現在形に置き換えてイメージするのが正しいのです。 今回の例文も現在形に置き換えてみましょう。 I have lost my house key. (完了形) = I don't have my house key. (現在形) つまり、学校英語で教わる「私はカギをなくしてしまった」という現在完了形の本当の意味は、 「カギがありません」 「カギを探しているところです」 「家に入れず困っているんです」 のような現在形なんです。 では過去形と比較してみましょう。 I have lost my house key. (完了形) = I don't have my house key. (現在形) I lost my key house last month. (過去形) = I have my house key now. (現在形) 現在完了形は「今カギがない状態」を表すのに対して、過去形は「今はカギがある状態」になります。 例えば、1ヶ月前に家のカギをなくしたと想像してみてください。今、カギはあるか、ないか? もちろん1ヶ月間家のカギがない状態なんてありえませんよね。なくしたカギが見つかったか、もしくは、新しいカギを持っていますよね。 どうです、現在完了形がきちんと理解できると現在完了(カギがない)と過去形(カギはある)が180度違うことがよ〜くわかるでしょう。 現在完了の文で一番伝えたい部分は現在の意識なのです。だから訳文は「カギはありません」となるのです。現在完了の文を理解するには、学校英語で習った訳に現れにくい本当の意味を理解することが重要なのです。 さぁ、もうこれで現在完了と過去形が同じような訳になると言わないようにね! 注:ちなみに受験生はこの訳し方を学校や塾の試験でやるとたぶん「ばつ」になるので注意しましょうね!←悲しい日本の英語教育です。

Published on 2015-04-18 01:30:51 GMT

英語克服の秘訣_其の11 日英文化の違いを理解することが英語克服の秘訣でもある! えっ、なんで英語のことなのに文化なの? と思う人もいるかと思いますが、言語は文化の一つです。 したがって、日英文化の違いを理解することで英語を克服することがある程度できるのです。 では、まず、日英文化的差違を比較してみましょう。 日本語型文化を「農耕文化」、英語型文化を「狩猟文化」と勝手に命名します。なんとなく適当なイメージですのでお好きな呼び名を使ってください。言語学では、ソフト文化、ハード文化なんて表現もあります。 農耕文化(日本、タイなど)⇔ 狩猟文化(英米など) 1)主張よりも妥協が美点   ⇔ 主張は当たり前 2)対立は喧嘩と考える    ⇔ 対立は喧嘩ではない 3)質問は質問者の能力不足  ⇔ 質問をするのは賢い証拠 4)表現は感性重視      ⇔ 言語表現重視 つまり、 1)日本人にはきつい主張は生意気に思え、アメリカ人には妥協する人はごまかしているように見える。 2)日本人は対立を避け、アメリカ人は対立を好む。 3)日本人は手を上げて質問しない、アメリカ人はわからないことは質問する。 4)日本人は言葉に出さずともわかるが、アメリカ人は言葉にしないとわからない。 さっと見ただけでも異文化間ではこれだけ無意識のうちにギャップが生じるのです。 日本人は主張、対立を避け、質問もせずに相手を理解しようとします。 このことから日本人のコミュニケーションの基本は「聞き手責任」なのです。 聞き手がすべてを推察すべきとされ、「言わずとも分かる」が 前提にあるのです。 だから「質問し返すこと」は、聞き手の能力不足を示すことにもなるので、質問しないのです。 これに対して、アメリカ人は主張、対立は当たり前。 わからないことは質問する、言葉ではっきり言わないとわからない。 つまりアメリカ人のコミュニケーションの基本は「話し手責任」なのです。 話し手が伝える努力をし、相手の理解を確認する。 ここでは、自分と他人の区別が前提となっています。だから「欧米式の基本教育は、どれだけ自分の考えを正確に人に伝えられるか」であり、それを小さい頃から仕込まれるのです。 例えば、「昨日、妻の誕生日だったので花を贈った」 日本人であればこの日本文で十分に理解できますよね。 でもアメリカ人は「一輪の花なの?」それとも、「花束なの?」と突っ込むのです。 日本語文化は聞き手責任でしたね。つまり、日本人なら言わずとも、常識的に花束でしょうと想像して理解してしまうのです。 実際に、この文を読んだあなたは花束を想像しませんでしたか? この言わずともわかるが前提の日本語文化は「一輪なの」それとも「花束なの」といちいち質問しないのです。 でも、英語文化は話し手責任。相手に対して言葉できちんと正確に伝える文化なのです。したがって、日本人からみたら面倒くさいようなことでも丁寧に伝えるのです。 上記の日本語を英語にすると、 I gave my wife some flowers yesterday because it was her birthday. このように some flowers と複数形にして相手に伝えるのです。 前回の英語克服の秘訣_其の10でも言及しましたが、このような文化的違いから英語では名詞に数えられる/数えられないという区別や、単数/複数の区別の概念が自然に言語に現れるのです。 この原理原則を理解せずに英語を適当に使うと、相手のネイティブはわかってくれるとは思いますが、同時に「学のない人だなぁ」という印象もインプットされてしまうかもしれないのです。 「めんどくさいから」とか「通じるからいいや」と考え、この名詞の原理原則を無視して単数「a」も、複数「-s」も付けずに言葉にするとどうなるか。 I gave my wife some flower yesterday because it was her birthday. この文を聞いた英語人は、数えられるflower には単数の「a」または、複数の「-s」が付くことを語感レベルで知っています。どちらも付いていないので、耳で聞くと some flour と聞こえてしまうのです。 なぜならば、flower と flour は発音が同じだから。 つまり、スペルを見ずに、音で聞くと「昨日、妻の誕生日だったので小麦粉をあげたんだ」となり、最初に伝えようとした「昨日、妻の誕生日だったので花を贈った」とはかなり内容が異なるでしょう。 まぁ、小麦粉を誕生日に妻にあげるのも素敵と言えば素敵ですけどね。 英語文化の彼らが両者をどこで区別するのかは数えられる具体的な形があるのか、ないのか? 単数なのか複数なのか? こういう原理原則に基づいて無意識レベルで区別するのです。 だから、日本語文化の私たちも英語文化を理解してその思考回路を作り英語を話す、書くという練習を繰り返せば英語なんて克服できちゃうんですよ!

Published on 2015-03-04 03:02:52 GMT

英語克服の秘訣_其の10 なぜ私たち(日本人)は英語がヘタなのか? こんなフレーズを時々見聞きしますが、一番の原因は練習をやっていないからだと思ういますが、もう一つ大きな理由として日本の英語教育現場では英語の「原理原則」を教えないから、日本人学習者にとって英語が厄介なものとなってしまうのです。 私は常々英語学習者に言っていますが、私たちがやっている英語学習とは決して学問レベルのものではありません。 私たちがやっている英語学習はずばり「お稽古ごと」です。 だから最初にも述べましたが、ヘタな理由は練習量不足なんですよ。 しかし、練習だけ頑張ってもお稽古ごとは上達しません。 何らかのスキルを身に付けるには次の3つが必須なのです。 1)良い先生または手本を見つける 2)繰り返し、繰り返し練習する 3)原理原則を学ぶ 英語学習なら、 1)は日本人の先生でもネイティブの先生でも、世間にはたくさんいますよね。見つけることはさほど難しくはないでしょう。 2)は自分側の問題です。練習するか、しないかは学習者次第。 3)の原理原則ですが、これが日本人にとっての重要なカギになるのです。 原則原理と言うと、あぁ、文法かぁと想像するかと思いますが、確かに文法という側面もありますが、私が言いたいのは、受験のために教わる文法ではありません。 もっと本質的な、むしろ日英言語間の概念の違い、もっと広い意味で言うのならば、文化的な違いまでを含みます。 アイアクセス・バンクーバーではこの3番目の英語の「原理原則」に焦点を合わせた講義を提供しています。 例えば、名詞の数えられる/数えられないという区別、単数/複数の区別など日本語には明確な概念がありません。 だから、 Could you call me taxi? こんなヘンテコな英文が普通に口から出てきてしまうのです。 もちろん相手のネイティブは意味を分かってくれるでしょう。しかし、それと同時に、“こいつはまともな英語も知らない、学のない奴なんだな”という印象もインプットされてしまうのです。 どうして? それは taxi に a が付いていないだけで「どうぞ私のことをタクシーと呼んでください」という意味になるからなのです。 タクシーは具体的な形のある乗り物です。したがって、1台なら「a」を付けなければ形あるタクシーが想像できないのです。「taxi」だけだと「Jack」と同じことなのです。 このように名詞に対する概念が日本語と英語ではまったく異なるのです。 また「時制」も要注意です。日本では訳中心の英語教育のためどうしても英語を日本語に訳さなければなりません。しかし、日本語には英語の時制に相当するものが存在しないのです。 そうなんです、日本語には時制がないのです!こういう言語的概念の違いを理解せずに英語の時制を訳すから現在完了形と過去形の違いなんかもよくわからなくなるのです。 こういう原理原則を理解した上で英語の時制を考えなければいつまでたっても時制をマスターできないのです。 例えば、「私は英語を勉強している」という日本語に「今」「明日」「毎日」をつけても成立しますよね。動詞はまったく変化しません。 1)私は今英語を勉強している 2)私は毎日英語を勉強している 3)私は明日英語を勉強している しかし英語はそうはいきませんよね。 1)I am studying English now. 2)I study English every day. 3)I will be studying English tomorrow. このように日本語には時制という概念がないので、時の副詞「今」「毎日」「明日」を付けることで理解するのです。 しかし、英語は動詞を変化させて時間軸上の位置を決める言語なのです。 数え上げれば切りがありませんが、英語と日本語では言語的にまったく異なるものなのです。 したがって、英語という言語の原理原則を理解し、英語の思考回路を作らなければ、どれだけ受験英語の文法をやっても英語をマスターできないのです。 建築で言えば、基礎工事なるものがきちんとできていなければ、出来上がったビルは地震なんかに堪えられないものになりますよね。 英語も同じです。きちんと基礎となる原則原理を理解しなければ、どれだけ練習しても完成されていかないのです。 さらに言語とは文化の一つです。したがって、文化的差異も理解したほうがより英語を習得する上で良いのです。 この文化的差異については次回お話しします。